末期(まつご)の水


おはようございます。 

ペットライフ・カウンセラーの安東美由紀です。 

昨日の続きです。

 

ルフに心臓マッサージをしながら、院長に電話をしました。

後日聞いたのですが、いつもはリビングに置いてある携帯電話、

あの日はなぜか寝室にあったのだそうです。 

もちろん、院長はルフが旅立つだなんて思ってはいません。

だからいつ電話が来てもすぐ出られるように・・そんなことを思っていたわけではないんですね。

『不思議だよなぁ~。なんであの日だけ寝室に持っていってたんだろう?』

そんな言葉を聞きました

 

電話口で院長に『ルフが逝ってしまったみたい・・・』 

そう伝えながら、心臓マッサージを続けていました。

 

お願いだから、もう一度目を開けて!!ただその思いだけ・・・

最初に倒れたときはあんなに冷静でいられたのに、あの時とは明らかに違う。

 

院長から『舌の色は?』『呼吸は?』『鼓動は?』『脈は?』

 

そう聞かれて確認しようとするけれど、私の鼓動とルフの鼓動と区別がつかなくて・・・

『今、聞こえた気がするけれど・・・これ、私の心臓の音かも知れない。ルフの心臓の音、聞こえない』

 

そう伝えるのが精一杯でした。

その間、それ以外のどんな会話をしたかは覚えていません・・・

 

しばらくして、院長が『もう、その手を放してあげないか?もうこれだけして戻らないなら、

これ以上はルフにも酷だ。これまで沢山の奇跡を見せてくれた。たいしたヤツだよルフは。

もう充分に頑張ってくれた。その手を放して、ルフをしっかり旅立たせてあげないか?』

 

それでも少しの間、あともう一回胸を押したら目を開けてくれるかも知れない。

どうしても、その手を止めることが出来なくて・・・

 

でも院長に諭されて、ルフの心臓マッサージをやめました。

 

それから母に電話をして・・・ 

母も、つい数時間前までとっても元気なルフの姿しか見ていなかったので

びっくりして・・・すぐに駆けつけてくれました。

 

あの時、一緒にいてくれて・・・なんとかルフの旅立ちを受け入れることが出来たこと。

翌日、朝早くから仕事があるのに真夜中にかけつけてくれた母に、感謝の気持ちでいっぱいです。

 

ご住職に、ルフの旅立ちの日のことを切々とお話していました。

ついつい 私のせいでと思ってしまう・・と。

 

ご住職は私のお話を聞き終えると、とてもお優しい笑顔でこう続けてくださいました。

 

『あぁ・・・その答えなら私がお話できますよ?ルフちゃんが、私たちを引き合わせてくれたのでしょう。

今日はルフちゃんが、おねえちゃんをここに連れてきてくれたんですね(⌒-⌒) 

 

仏教には末期(まつご)の水と言うものがあるんです。 

末期の水とは、臨終の間際や亡くなったばかりの人の口に、人生最後の水を含ませて口許を水で潤すこと。

家族や兄弟姉妹など縁の深い近親者が順番に亡くなった人の唇に水をつけて口を潤すんですね・・

 

ルフちゃんは旅立つ時に、お姉ちゃんから喉を潤してもらって、そうして虹の橋を渡っていったのです。

いちばん愛して  いちばん愛された大好きなお姉ちゃんが飲ませてくれたお水。

ルフちゃんはどんなにか嬉しかったことでしょう。

 

もし万が一、美由紀さんがおっしゃるように美由紀さんのせいで息を引き取ったのだとしても、

それはもう、その僅かのお水でさえも飲み込む力がなかった・・ということなんです。

 

ルフちゃんは、旅立ちがもう間もなくであることを分かっていたのでしょう。

だから夜中に起こしてくれた。

美由紀さんも深いところでは分かっていたでしょう。

だからルフちゃんの様子に敏感だった。

美由紀さんが何かをしたからではありませんよ。ルフちゃんは天命を全うして虹の橋を渡ったのです』

 

それまでず~っとず~っと気になっていたこと。

どうしても私のせいで・・と思ってしまったこと。

 

ご住職がおっしゃるように、そんな私をルフが見兼ねて、 

IMG_1585

『もぉっ!困った人だね おねえちゃん。ボクがこんなに違うって言ってるのに・・・

んっと・・・誰に言ってもらうといいかな(゚ー゚*?)』

 

そうして、私をご住職のところへ連れて来てくれたようで、いつしか3人で笑いながらお話をしていました。

 

末期の水・・というのは初めて耳にする言葉。

後日、改めて調べてみました 。

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なぜ水を口に含ませるのかは、お釈迦様の入滅(亡くなること)に由来しています。

 

末期を悟った お釈迦様が水を求めて 「 口が乾いたので水を持ってきて欲しい 」  と弟子に頼んだそうです。

しかし水がなくて途方にくれていると、信心の厚い鬼神が来て八種の浄水を お釈迦様に捧げたそうです。

それで お釈迦様は安らかに入滅することができたとされています。

 

このことから「 死者が渇きに苦しまないように 」 という願いを込めて行われるようになったと言われています。

 

これからは喉が渇いて苦しむことがないように、安らかに あの世に送りたいとする願いが込められています。

 

また、仏教では あの世に行くと食事をしたり水を飲むことができなくなると考えられています。

そこで死に際して水を取らせてから  冥土に送り出すとの思いが込められています。

 

末期の水は、この世に残る人たちとの最後の別れの儀式でもあります。

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 ご住職とのお話はまだまだ続きました

 

続きはまた明日まとめたいと思います。

 

 

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